2014年10月31日金曜日

イノベーション: NFCの熟成に必要な時間、普及の転機




画期的な新技術が普及し、日常の中で「当たり前」となるまで、一体どのくらいの時間が必要でしょうか。

ラットイヤーという言葉で語られる程猛烈なスピードで進化するITですが、個々の技術を見てみると、実際に生活の中に広く普及するまで、ちょっと意外な程時間がかかることに気づきます。

例えば、WiFiやBluetoothといった無線技術の場合、単独で使われるのではなく、何らかの製品に組込まれて使用されることから、その技術の普及・成長は、対象製品の性能や、関連するサービス(公衆無線LANサービス等)の進化・普及に大きく依存しています。

WiFiやBluetoothといったある要素・技術だけが進化しても、決して使いやすい「当たり前」の製品やサービスにはなりません。それらの力をうまく引き出して活用する周辺機器やサービスといった環境全体が、相互に連携・同期しながら成長することが求められます。この成長に必要な環境が整いサイクルが回り始めるまで、どうしてもある一定の「熟成」の時間が必要です。

WiFiの場合、技術自体は90年代末に開発され(IEEE802.11a/bは1999年に規格化)、当初はノートPC等への搭載・無線LANとしての利用が中心でしたが、2007年に登場したiPhone、2010年のiPadに代表されるスマートフォン・タブレットでの利用で一気に需要が急増、動画コンテンツの利用が増加したことも後押しし、日常的にWiFiという言葉が使われるまで普及しました。ここに至るまで、概ね15年弱の時間を要しています。

Bluetoothも同様で、ver.1.0の仕様書が公開されたのは1999年、ノートPCや携帯電話など、各種小型デバイスへの搭載が少しずつ進み、やはりスマートフォン・タブレットの登場で一気に加速、2014年にBluetooth対応製品の世界での出荷総数は31億台にまで成長しました。面白いことに、WiFiと同じく、最初の実用化から約15年程の時間を要しています。

こうしてみると、新技術のエコシステム形成と熟成には時間を要することと共に、成長の転機となっているのがスマートフォンであることが分かります。さらに踏み込んで見てみると、iPhoneへの搭載・利用開始が、幅広い普及に火を点ける重要なスイッチになっているとも言えそうです。

NFCの国際標準規格NFC IP-1 (ISO/IEC18092)が制定されたのは2003年、NFC Forumが結成されたのは2004年。それから約10年の時間を経てiPhone 6 / 6 PlusへのNFC搭載が始まりました。

現在市場を見渡すと、様々なAV機器・家電製品をはじめ、様々な分野へ着実にNFCの導入が進んでいる他、NFCを用いたモバイル決済も多様化と市場競争が始まっています。WiFiやBluetoothの例から考えると、NFCもいよいよ、爆発的成長のフェーズに入ったといえそうです。

15年サイクルとして考えると、2020年の東京オリンピックでは、きっとNFCは「当たり前」の技術になっている。2014年のNFCを巡る動きをみると、そんな予感が漂っています。

2014年10月19日日曜日

加速するEMV化とNFC化




クレジットカードといえば、支払いの際、店頭の読取り機にさっと通して磁気テープの情報を読み取り(スワイプ)、プリントアウトされた伝票にサインするという形が主流でしたが、最近は、読取り機に挿入し「暗証番号を入力して下さい」と言われることが増えたのではないでしょうか。

これは、従来磁気テープに各種情報を格納していたクレジットカードが、暗号処理を施したICチップにより不正利用や偽造を防ぐICカードに切り替わりつつあるためです。1990年代後半に開発が進められた決済カード用ICカードの規格EMV(Europay, MasterCard, VISA protocol)は、2001年に欧州や日本で導入が始まり、UKやフランスのクレジットカードはほぼ100%EMV化されました。日本でもかなり浸透しつつありますが、店頭にある読み取り・決済端末、いわゆるPOSの対応が追いつかない為、まだスワイプのみという店も多い様です。

世界最大のクレジットカード大国である米国の場合、いち早くEMV化を終えた欧州とは対照的に、実はこれまでその導入が大幅に遅れていました。この背景の一つには、上に挙げた店頭でのPOS対応問題があります。POSをEMV対応とする為には少なからず新たな設備投資(POSの切替)が必要となるのですが、収益増に結びつきにくいことから、銀行系を中心とするカード発行会社(イシュアー)や加盟店ではどうしてもEMV化に消極的となり、導入が遅々として進まなかった訳です。

しかしEMV化の遅れは不正利用の増大を招き、世界のクレジットカード詐欺・不正利用による被害の実に47%が米国で発生し、その被害額は年間で35.6億ドル(約3600億円)にも達しています。この事態を受けて、ついに全米でライアビリティー・シフト(債務責任の移行)が施行されることとなり(※)、EMV化していない店舗で不正利用が発生した場合、その被害の補償責任はカード会社ではなく加盟店側に課せられることとなりました。この期限が2015年10月1日に迫ってきていることから、今全米では、急速にEMV対応のPOSへの切替が進みつつあります。

ここで注目すべき点は、MasterCardやVISAといったメジャー・クレジットカードが積極的に、EMV対応の新POSとして接触型ICカードと非接触型の「NFC」の双方に対応する端末の配備を進めている点です。

これまでEMV対応と同様に、NFC対応のPOS配備もなかなか普及せず、NFCを用いたモバイル決済が利用出来る店が限られているという問題があったのですが、POSのEMV化と同時に、NFC対応も急速に進んでいます。これまでNFC利用のモバイル決済はPOS側での対応がボトルネックとなっていましたが、事態は逆転し、ユーザーが持つ携帯端末、いわゆるスマートフォン側でのNFC決済対応が鍵となりつつある訳です。

この背景から考えると、従来一部のAndroidスマートフォンだけで利用可能であったNFC決済が、このタイミングでiPhoneでも理由可能になったことは、非常に大きい意味合いを持っています。

米国ではいよいよ明日月曜から、iPhone 6+NFCによる「Apple Pay」が始まります。対応店舗がどれだけ増えるのか?と疑問視する声もありますが、クレジットカード業界で現在加速しているEMV化の波にのり、MFC対応POSは一気に進んでいるため、このタイミングでのApple Pay導入は、まさに時宜を得たものといえるでしょう。明日10月20日は、モバイル決済の大衆化を決定的なものとする、まさに歴史的な一日となるかもしれません。


(※) ライアビリティー・シフトは、ガソリンスタンドに関しては適用外となっています。

2014年10月12日日曜日

Suicaの凄さ




関東ではすっかりお馴染みのSuica。私鉄や地下鉄で使われるPasmoをはじめ、いまや全国のバス・鉄道に使われている非接触ICカードは、このSuicaから始まりました。これ一枚あれば、駅で切符を買わなくても、乗継ぎの際に精算をしなくても、昔の磁気カードの様に定期券ホルダーから取り出さなくても、スイスイと電車やバスに乗ることが出来るとても便利なカードです。

毎日何気なく使っているSuicaですが、このカードが実現した性能はある意味驚くべきものです。
まず、日本、とくに首都圏の一日の鉄道乗降客数は世界の中でもダントツの一位。最も多い新宿駅では、JR東日本の乗車数だけで平均75万人/日、私鉄各社を合わせた総乗降客数は1日で360万人にものぼります。このため、定期券や自動改札機の使用環境と、必要とされる性能条件も、世界一厳しいものです。

最も乗降客が集中する朝の通勤ラッシュ時間帯(新宿駅では朝の7時50分から8時50分までの1時間がピーク)でみると、自動改札機を通過する人の数は1分間に60人。つまり、自動改札機は1人1秒以下で改札処理を確実に終えなくてはなりません。従来の磁気カード型の定期や乗車券の場合では、差し込み口に券を挿入し、データを読み取り判定し、機械出口まで運ばれる時間は0.7秒で、この要求条件をクリアしていました。

ところが非接触ICカードの場合「かざす」だけで良いので、人はカードを持ったまま、さっと改札機を通過してしまいます。そのため、カードの検知・認証・読み出し・判定・書き込み・確認といった全ての処理を極めて短時間で完了させなくてはなりません。また同時に、ラッシュ時でも改札で人の流れが止まらない様に、出来る限り低いエラー率も要求されます。これらの条件を満たす為に必要とされた性能は、通信時間0.2秒以内、エラー率0.001% (10万分の1)という非常に厳しいものでした。

この仕様を満たし、駅で誰でも確実に使えるICカードを実現するために、JRの研究開発チームは様々な試作・試験を重ねます(※)。ICカードと読み取り装置の組み合わせだけでなく、同時にSuica発券から精算までを管理する複雑なシステム開発も必要とされ、実際の利用時にトラブルが発生しないために行った試験パターンは22万8千件、運賃検証は実に550万件という膨大なテストが行われました。サービス開始直前にもトラブルが発生したものの、もう一度全ての検証作業を実行し、最後のテストが完了したのは前日の夜8時だったと言われています。

こうして16年にも及ぶ開発を経て生まれたのが、このSuicaです。
2001年11月18日に首都圏424駅で使用が開始され、現在発行枚数は4500万枚以上、全国の様々な交通系ICカードとして利用されています。今やすっかり生活に溶け込んだSuicaですが、改札機やお店でこのカードを"かざす"時、生まれるまでの歴史とその技術をちょっと思い出してみてください。


(※) 皆さんもご存知のとおり、SuicaにはSONYが開発・製造するFeliCaが使用されています。この無線通信部分に用いられている規格はISO/IEC18092、「NFC IP-1」と呼ばれる国際標準規格です。従い、無線部については「NFC」に準拠し共通化されたものといえます。FeliCaの特徴はこのNFCをベースに、ICカードの物理特性、伝送プロトコル、ファイル構造、コマンド等について、JIS X 6319-4と呼ばれる高速処理用ICカード規格を適用し、この上にさらに独自のセキュリティ・ロジックを組込んだ点です。


2014年10月5日日曜日

NFC + 水族館 = 「ikesu」




今年で6回目となるITpro主催のAndroidアプリコンテスト「Android Application Award (“A3”) 2014」(※1)。9月30日に最終選考会・表彰式が行われ、NFC Forumが提供するNFC賞には、株式会社ブリリアントサービス・株式会社ツクロアの「ikesu」(※2)、そして株式会社ドリームオンラインの「SmartPassLock NFC」、以上二つの作品が選ばれました。 

どちらも、NFCを巧みに活用したとてもユニークな製品。今回のブログでは、まず「ikesu」についてのご紹介です。


「ikesu」は、 “水族館xスマートフォン”・“持ち帰れる水族館” をテーマに、水族館を訪れた人がより一層楽しめる様に開発された、いわば、あなただけのバーチャルな水族館を作るアプリです。

来館者の方は、まず自分のスマートフォンに「ikesu」アプリをダウンロード、後は水族館の水槽に設置されたNFCタグにタッチすることで、その魚の情報が「ikesu」に追加され、「ikesu」の中でその魚が泳ぎ始めます。水草や珊瑚などのアイテムが置けるなど、自分だけのアクアリウム作りが楽しめるアプリです。

利用方法は非常にシンプル。入館時に、入口に置かれたポスターのNFCタグをタッチするだけでアプリのインストールが出来る他、水族館内で展示されている色々な魚の中から、気に入った魚を水槽のNFCタグにタッチするだけでコレクション出来るなど、面倒な手順や操作をしなくても、直感的かつ気軽に楽しめるところが最大のポイントです。
まさに、リアルな空間の情報を、さっとデジタル空間に取り込めるNFCならではの特徴を活かしたアプリといえるでしょう。

このアプリケーションの応用範囲はとても広く、美術館や博物館をはじめ、様々な展示会場でも、同様な形での提供が可能です。来訪者の方に簡単に情報を提供するソリューションとして、今後幅広く応用されてゆくことが期待されています。


本作品「ikesu」は、10月8日水曜にホテル日航東京で開催されるNFC Forumの開発者向けイベント「Showcase」でも表彰・展示される他、10月10日金曜に開催されるNFC Forum Conferenceにてプレゼンテーションが行われる予定です。両イベント共に一般参加可能となっておりますので、ぜひ参加お申し込みの上、ご来場ください。(※3)


※1 Android Application Award (“A3”) 2014 受賞作品に関する
    (株)日経BPのプレスリリースはこちら

※2 (株)ブリリアントサービスの「ikesu」の紹介ページはこちら

※3 NFC Forum Showcase 及び Conferenceの概要ページはこちら