2014年8月24日日曜日

いざという時の大切な記録




突然の災害で避難を余儀なくされた時、いつも服用している薬を持ってゆく余裕が無い時もあります。かかりつけの病院や薬局までも被害に遭う様な大災害でカルテなどが失われた場合、もはや自分自身の診療記録や投薬情報を確認する術もなくなります。自然災害の多い日本では、過去この様な事態が幾度となく発生しています。

避難所ではストレスにより体調を崩す方、慢性疾患が悪化する方など多数の患者が発生し、救援隊の医師のもとに殺到します。「現在服用されている薬はありますか?」と尋ねる医師に、例えば高血圧の薬を飲んでいますと答えても、高血圧の薬には色々な種類がある為、医師は必ず「そのお薬の名前、分かりますか?」と改めて尋ねざるを得ません。




服用薬の名前を全て覚えていれば幸運なのですが、高齢者の方の場合、幾つもの薬を服用していたり途中で投薬が変更されていたりして、全部の薬の名前を思い出せない方が多いのです。実際、東日本大震災の際に避難所で診察にあたった医師は、こうした事態に直面し、投薬の判断に大変苦労されたことが報告されています。

この時、混乱する現場で大変役に立ったのが「おくすり手帳」。糖尿病や高血圧などの慢性疾患の履歴や服薬状況を確認することが出来た為、手帳を持参された方の診察・投薬はとてもスムーズに行えたこと、逆に手帳を持っていなかった方の場合、確認のための検査もままならず、薬の種類や投薬量の決定が困難であったことが、震災後の日本薬剤師会の報告書でまとめられています。
非常時にとても役立つ「おくすり手帳」ですが、常に携帯している方は多いとは言い難く、普段の診察の際にも家に忘れてしまう方のほうが多いのが実態です。いざという時に備え、常時簡単に携帯出来ないか。また、細かい日々の服薬状況などを簡単に記録出来ないか。この課題は、最近では「おくすり手帳」をNFCを活用したアプリで電子化することで解決されつつあります。

NFC対応されたスマートフォンであれば、この電子「おくすり手帳」のアプリをインストールしておくことで、薬局でタッチするだけで処方薬の情報が記録出来ます。かさばる紙の手帳を持ち歩いたり、記帳してもらう手間がありません。また自宅でも、日々の服薬状況をアプリ上で簡単に記録することが出来ます。なによりも、常時携帯するスマートフォンに「おくすり手帳」が入っているため、いざという時、震災時の様な時にでも、本人や医療関係者がすぐに記録を確認することが可能です。クラウド側でバックアップすれば、仮にスマートフォンを壊したり失くした場合でも、また薬局が被害に遭った場合でも、診療記録や服薬情報を調べることも出来ます。

現在、大阪府薬剤師会の「大阪e-お薬手帳」をはじめとして、日本各地で導入が進みつつある電子版おくすり手帳。いざという時の大切な情報を記録し伝える技術として、NFCが貢献しているソリューションの一つです。

2014年8月17日日曜日

「助けて欲しいこと」を機械に伝える


Photo by Frederick Dennstedt, Jan 28, 2008. (CC)


つい数年前までは、誰もが携帯電話のボタンを押していたのが、今ではスマートフォンの画面とにらめっこ。タッチスクリーンを指で触る姿が街の風景となってきました。ATMは勿論、駅の券売機、各種自動販売機からレストランのメニューまで、至る所でタッチスクリーンのインターフェースが浸透しつつあります。

こうした機械の進化は、機能性が向上して便利になったかの様に見えるのですが、同時に思わぬ問題も生み出しています。たとえば表示される文字の大きさは固定されている為、老眼や弱視の方にとっては見えづらい。大きくしたくても、その調節ボタンの表示がどこにあるのか分からない。全く目が見えない方には音声によるガイダンスが必要なのですが、そのリクエストをどうやって伝えれば良いかが分かりません。

障害を持たれた方ばかりでなく、海外から来日した人で英語も日本語も良く分からない方の場合、例えば食券販売機の前でさっぱり読めない操作画面を前に、どうすれば良いのか分からず立ち往生されるケースもしばしば。日本に住む私たちも非英語圏に旅行した際、駅やバスの切符販売機などで同じ様な経験をされたことがあるのではないでしょうか。



その昔、機械ではなく人が応対にあたっていた時代であれば、筆談や身振り手振りなど、様々な方法でコミュニケーションをとり、自分のリクエストを相手に理解してもらうことが出来ました。しかし、現代のこうした機械の多くには、こうした「困っていること」「助けて欲しいこと」を受け取るインターフェースが備わっていません。IoTの言葉通り、今後ますます自動化・機械化が進む中で、これは大きな問題です。

こうした操作する人の「困っていること」「助けて欲しいこと」を機械に簡単に伝えられれば、機械は相手の条件に応じて最適なインターフェースに切り替えることが出来ます。しかし、機械毎、ATMや自動販売機毎にこの伝え方がバラバラであれば、操作する人は一々個々のやり方を理解しておく必要があり、結局問題の解決にはなりません。世界中の全ての機械で、同じ方法により簡単に使えることが必要です。


「支援リクエスト」と呼ばれるこの課題をどの様に解決するか。
実は日本では、政府と企業が協力してICカードを用いた標準方式を開発し、これを国際標準化委員会へ提案、2011年に国際規格ISO/IEC12905としてとして制定することに成功しています。ICカードにより、誰でも簡単に機械へリクエストを伝えられるとても便利な規格です。

この方式は、予めICカードに必要な支援リクエスト情報を記録しておき、機械がそのカードを読み取ることで、個別操作なしで支援内容を機械に伝え、機械は最適なインターフェースに切り替える等の必要な支援機能の提供を可能にするものです。
(支援リクエストと国際規格の概要の説明書はこちらからダウンロード出来ます)

例えば、英語圏で弱視の方がその情報をICカードに登録しておくと、券売機でそのICカードを機械に読み取ってもらうだけで、券売機の画面を英語で弱視の方用の表示に切り替える...という具合です。

このISO/IEC12905は、従来のクレジットカード(ID-1)の様なカード型は勿論、携帯電話のSIM/UIMカードや、NFCでも適用可能となっているところが大きなポイントです。つまり、NFC対応スマートフォンであれば、自分が持っているスマートフォンを「支援リクエスト・カード」として使うことが出来ます。これに様々なアプリを組み合わせれば、例えば難聴気味の方にはスマートフォンのアプリを介し、機械にスマートフォンをかざすだけで、操作者のイヤホンに必要な音声ガイダンスを流すといったことも可能です。



これからますます機械化・IT化が進む社会では、人と機械がよりスムーズで柔軟にコミュニケーションをとれることが重要です。この問題解決のために、普及するスマートフォンとNFCを活用したISO/IEC12905の導入と応用が強く期待されています。


来る2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、世界中から沢山の方が日本を訪れます。このISO/IEC12905とNFC、そしてスマートフォンの組み合わせにより、誰もがどこでも快適に旅行が出来れば、それこそ日本が創る最高の「おもてなし」になるのではないでしょうか。


2014年8月10日日曜日

着想を広げるハッカソン




“Hack”と“Marathon”の二つの言葉から作られた “ハッカソン (Hackathon)”。

IT開発者の間ではすっかりお馴染みの、文字通り長時間連続してソフトウェア開発にチャレンジするイベントです。こう書くと、プログラマーだけが参加出来るイベントに思われがちですが、多くのイベントでは、そのテーマに興味・関心さえあれば、プログラマー以外の方の参加を歓迎しています。

NFC Forumも協賛するアンドロイド・アプリ・コンテストAndroid Application Award (A3) 2014でも、ウェアラブル・デバイスの訴求と、活用アイデアの探求を目的とした「Xperia Wearable Hackathon」を、去る8月2日・3日の二日間、金沢にあるインキュベーション拠点GEUDAで開催。のべ20人以上の参加者の方々が、古い洋館をリノベーションしたGEUDAの素敵な空間でアイデア創りとアプリ開発にチャレンジされました。



こうしたハッカソンに参加して感じることは、一つの空間に開発者が集合しアイデアを練ると、それまで思いつかなかった様な発想が膨らんだり、思わぬ解決方法を閃いたりすることです。

どうしても一人だけで考え続けていると、視点が固定されてしまったり視野が狭くなり、発想から柔軟性が無くなってしまうことが多々あります。また、前例のない問題の解決方法や、未知の技術の活用方法など、単純に積み上げベースで思考しても解答が得られない様なテーマは、いくら一人で考えても堂々巡りになりがちです。

ところが、同じテーマについて考える人同士が一箇所に集まると、自分とは異なる視点やアイデアに触れ、互いの考え交差させたり組み合わせたりすることが出来ます。そうした自分の着想の枠を超える創造を体験することで、発想の幅が何倍にも広がり、驚く様なアイデアが生まれるのです。





今回のハッカソンでも驚く様なアイデアが次々と飛出し、会場は大いに盛り上がりました。それに刺激されて他のアイデアも進化、短期間で実に面白いアプリが開発され、改めて発想の幅を広げるハッカソンの力を体感することが出来たイベントでした。
(今回のハッカソンで開発されたアプリ作品はA3 2014へ応募登録されていますので、ぜひ9月末の表彰式をお楽しみに!)


ウェアラブル・デバイスやNFC活用をテーマに掲げるA3 2014では、この金沢でのハッカソンに引き続き、8月23日に福井県鯖江市で「禅ハッカソン in 鯖江」(Code for Sabaeとの共催)を開催する他、8月25日(月曜)夜には、ウェアラブル・デバイスをテーマとしてアイデア創りにチャレンジする「Wearable Devices Night in Sapporo powered by Xperia」を札幌市で開催します。

禅ハッカソン in 鯖江
Wearable Devices Night in Sapporo powered by Xperia 


ぜひこの夏、皆さんもこのハッカソン・アイデアソンに参加して、自分のアイデアをぐんと広げる体験をしてみませんか? NFC Forumでは、この体験からウェアラブル・デバイス、そしてNFCの未来を創るアプリやアイデアが生まれることを期待しています!

2014年8月3日日曜日

そこにあるイノベーション




「すべてを記憶する」
この言葉は、スキャンしたデータや写真、ファイル、クリップしたWEBページなど、あらゆる情報を記録・保存するクラウド・サービス「Evernote」が掲げるモットーです。今や全世界で1億人以上が利用しているEvernote。例年、このEvernoteを利用したアプリを競うコンテストが開催されていますが、2011年のコンテストEvernote Developer Competitionでは、NFCとEvernoteを組み合わせたアプリ「Touchanote」が見事グランプリを獲得しました。
今回のブログ、世界を変えるイノベーションの見つけ方についてのお話です。


色々なモノ、例えばWiFiルーターの様な機器はIPアドレスその他の細かい設定が必要ですが、そうした情報の記録をとり忘れて、いざ変更しようとした時に困ってしまうケースがままあります。これを解決するのが冒頭に紹介したTouchanote。一言でいうと「ワンタッチでモノの情報を呼び出せる」アプリです。

機器の細かい設定情報はEvernoteに保存し、その保存先リンクをNFCタグに書き込んで機器に貼付けておきます。こうすると、その情報が必要な時に検索などをしなくても、機器に貼られたNFCタグをスマートフォンでタッチすれば、Evernoteに保存しておいた設定情報を瞬時に呼び出せるところがこのアプリの特徴です。

Touchanoteの開発者であるHamid Zaidi氏(右)とCyril Chaib氏
(2011年のMA7コンテスト表彰式にて)

Touchanoteがユニークな点は、ネット上で使われているEvernoteのサービスを、リアルなモノにまでNFCを使って拡張したこと、日頃よくある困っていた問題を見事に解決した点にあります。これはイノベーションの創造にあたってとても重要なポイントです。


Evernoteの創業者・CEOであるフィル・リービン氏は、昨年開催したコンテスト「Evernote Devcup 2013」のキックオフイベントの際にこう語っています。

“「サービスのアイデアが思いつかない」という人は、今日から1週間、自分が日常生活の中で何をどうしているか、つぶさに観察してみてほしい。家族や友人、職場の同僚がどうしているかも注意深く見つめてほしい。

その中には、いつもやっているけど好んでやっているものではないこと、素晴らしい体験とは呼べないことが必ずある。それを見つけ出して変えるんだ。”
(エンジニアtype 2013/4/18公開のWEB記事より)


NFCは、かざしてタッチするだけで情報を伝え、いろいろなモノをつなげることが出来る便利な技術です。この技術を活かす鍵は、Touchanoteのケースやフィル氏の言葉のとおり、私たちの何気ない日常の中にあります。いつもやっているけれどちょっと不便・面倒だなと感じていることを見つけ、何が問題なのかを分析し、より良い体験を作り出す方法を考える。
世界を変えるイノベーション。その未来への鍵は、私たちの目の前に広がっています。